(前回)
命を賭して天保山を登頂した後,大阪市内の宿に荷物を預け,吉野家で朝食をとり奈良へ。
酷道308号(暗峠)
まだまだ時間があるので,その界隈で名高い国道308号,暗峠で奈良入りすることにしました。30年近く前,院生だった頃に,この国道を奈良側から大阪側にクルマで抜けたことがありました。当時はMTの日産パルサーに乗っていました。今回,改めて大阪側から登ったわけですが,こんなに途中に寺社仏閣があったとは・・・。というか,30年前,本当にこんな狭い急坂を下ったのか。当時は夜の通行だったため,ほとんど周りの景色は見えず,ただただ急坂を必死で降りていました。
動画は YouTube に結構あがっていて,少なからぬ人たちがコケています。
ジクサー150で1~2速で登り切れました。立ちゴケのリスクがあがるので,急坂の途中で止まってしまうのは避けたいですし,とにかくねちっこく登坂ですね。離合するクルマ,出会ったり追い越したりする人も,「想定」を乱すのでドキドキします。比較的空いている時間帯を狙って登るのがよいと思います。ブログ主は12月28日の朝8時半ぐらいに通り,離合したクルマは2台だけでした。
暗峠に大阪府と奈良県の境があります。石畳の道沿いに10~20世帯の家があって,同じ「町」だと思うのですが,大阪府と奈良県に分かれています。税金の納付先も変わるんですよね。なんか不思議な感じです。
奈良側は急ではありますが,それほど怖くはないです。道路も大阪側より幾分よいと思います。
険道/怖道7号(枚方大和郡山線)
生駒聖天や奈良,生駒での用事を済ませたあと,生駒市傍示を経て,県道/府道7号を通って北摂にある実家へ。
この県道/府道7号も30年前に時々通っていたのですが,険しさの点でも狭さの点でも暗峠を超えるヤバい道です。この道も奈良県を出て大阪府に入ってからが大変です。奈良に住んでいた若い頃,時々クルマで使っていたのですが,本当にこんな道を通っていたのか,信じられません。コケるのが怖いのと面倒臭いのとで写真は撮りませんでした。
森南傍示線
上述の県道/府道7号と同じく,交野と生駒の傍示をつなぐ道です。福岡に戻ってから地図で見つけました。行くんだった。また次回。
途中の交野市傍示(生駒市傍示とは異なる集落)は,信長の刀刺し饅頭の話で有名な荒木村重に敗れ,今の伊丹市を追われた伊丹氏が隠れ住み,今でも伊丹氏の末裔が住んでいる集落です。・・・というのは,生駒に住んでいるときから知っていました。関西の歴史好きな人には有名な話のようです。
下記の記事によれば,その伊丹氏の末裔の方が,私財をなげうって作った道路だそうです。
https://www.city.katano.osaka.jp/docs/2020082600019/file_contents/2020-09-2829.pdf
平群懲道(十三峠)
信貴山のある平群町から生駒山地を越えて八尾市に至る峠道です。峠から奈良県側は平群町の町道です。12月30日に信貴山に行った帰りに通ろうとしたのですが,あろうことか,バイクは峠から大阪府側は通行禁止です。監視カメラでばっちり見張っています。今どき珍走族など居ないでしょうに,バイクも通れるようにして欲しいです。
信貴生駒スカイラインの向こうを覗いてから引き返しました。懲りずに次回クルマで挑戦です。
一連の道路の地図は以下の通りです。
地図
(つづく)